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2006.10.10

羽村市郷土博物館を訪ねる

 国立駅の三角屋根を眺めた後、再び中央線のホームへ上がりました。行先表示機を見ると、次の電車は立川行きでしたが、4分後にやってくるのが、青梅線に直通する青梅行きでしたので、一本落として乗ることにしました。やはり直通はいいですね(^^)。立川まで行くと、場合によっては階段を上がり下がりして別のホームから乗ることにもなってしまうんですが、直通だったらそのまま乗っていれば、運んでくれますからね。でも立川に到着し開いた出入口から大勢の乗客が乗り込んできました。立ち客も出て、そこそこの混雑になってしまいました(^_^;)。

 さて、この電車に乗って目指すのは羽村でした。実は羽村に降りるのは今回が初めてだったりします。青梅や御嶽、それに終着の奥多摩あたりは何度も降りたことがあるんですが、拝島と青梅の間は何か目的がないとなかなか降りる機会がないですね。で、今回は羽村に用事があって降りることが出来たんですが、その用事というのは、羽村市郷土博物館で10月15日まで開催中の企画展「汽笛が聞こえる」を見学することでした。タイトルの通り、鉄道に関する企画展なんですが、もちろん題材は青梅線です。

 さて、羽村駅から博物館までは、歩くと20分ほど。途中、道沿いにあった郵便局で入金と風景印の押印を済ませ、玉川上水を渡ってしばらく川に沿って土手を歩くと、博物館が見えてきました。さっそく中に入り、受付で入館料100円を払って中へ入ります。入口には蚕の糸を紡ぐ織機が展示されていました。この周辺では盛んに行われていた養蚕業ですが、展示されていたのは戦後に活躍した機械でした。よく見るとこの機械、あの日産自動車で作られたんですね。織機といえば豊田が有名ですけど、自動車と織機は切り離せない関係があるようですね。

 続いて常設展のコーナーへ向かいます。当然ですけど、企画展を見るときには一緒に常設展も見るようにしていますが、やはり羽村といえば玉川上水を切り離すわけにはいかないところでしょう。遠く江戸まで水路を引っ張るには、想像以上の苦労があったことと思います。特に目を引いたのが、水路を掘るに当たって、掘る位置の測定に松明の火を使っていたことでした。当時は測量技術がほとんどありませんでしたので、火の明かりを目印に穴を掘る位置を決めていたようです。もちろん現在のような近代的な装置など存在しない時代でしたから、そんな中でいろんなものを利用して測量していったことには頭が下がる思いですね。

 さて、いよいよ今回の目的である企画展のコーナーへと進んでいきます。企画展のスペース自体は決して広くはありませんでしたが、青梅線がどうして建設されたのかなど、計画から開業、そして近代へと進んでいく過程が資料を交えて展示されておりました。ここ羽村から江戸までの輸送手段としては、玉川上水を使った通船事業が明治の初期に始まりましたが、玉川上水の水質汚染を理由にわずか2年で幕を閉じてしまいました。そこで、代替となる輸送機関として白羽の矢が立ったのが鉄道でした。当時はまだ鉄道がなかった頃で、地元の有志が資金や用地を出し合っった結果、開業にこぎつけることができたわけですが、近代国家にのし上がっていく頃のパワーというのがこの展示を見て伝わってきました。

 企画展を見終わった後は、野外に保存されている旧下田家の住宅を見学しました。昔懐かしい農家が再現されておりました。

Oldsimodahouse
旧下田家住宅

 これまでなかなか降り立つことがなかった羽村でしたが、博物館を通してこれまで知られていなかった歴史を知ることができ、充実した半日を過ごすことが出来ました。

Museum_hamura
羽村市郷土博物館

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