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2008.01.22

スーパーカートリオ・加藤博一氏逝く

 元ホエールズの外野手で、引退後は野球解説者として活躍されていた加藤博一氏が亡くなりました。現役時代は持ち前の俊足を生かし、ホエールズでは“スーパーカートリオ”の一人として活躍、そして持ち前の明るいキャラクターのおかげで、珍プレー好プレーを特集した番組では常連でした。むしろこちらで姿を見る方が多かったようにも思いますけど、成績以上に印象に残る選手の一人と言えますね。

 加藤氏が活躍した80年代のセ・リーグは、ジャイアンツが常に実力と人気を博していた時期でした。その対抗馬となっていたのは、機動力を生かした野球を展開したカープと若い投手を要していたドラゴンズで、在京の2球団であるホエールズとスワローズは、優勝争いはおろかAクラスすら上がれるかどうかといった成績でした。そんな中、ジャイアンツに比べても決して劣らない魅力ある選手が多く在籍していたのがホエールズでした。ヒゲをはやした独特の風貌の斎藤明夫やカミソリシュートの平松、それに遠藤といった投手陣はジャイアンツ相手にいつも力投を見せてくれましたし、野手では “オバQ”こと田代をはじめ、名ショートと呼ばれた山下大輔、それにポンセとパチョレックといった外国人選手が常に好プレーを見せていましたね。他にも市役所の職員からテストで入団した高木由一や首位打者を取った長崎、それにすでに峠は越えていましたけど堅実なプレーを見せた基など、まだまだ思い出される選手が多いことは、やはり魅力のある選手が多かったと言えると思いますね。

 一人強烈に記憶しているのが、佐藤というサウスポー。成績は決して目立ったものではありませんでしたが、彼が一番印象に残っているのはその投球フォーム。くねくねしながら球を投げる様は、人によっては“たこ踊り”と称していました。私もホエールズとその後移籍したオリオンズで見ていますが、こうした個性派選手があちこちの球団にいましたね。

 ちなみに中学時代、ホエールズファンという同級生がいました。彼は「W」のマークの入った野球帽を持っていて、当時活躍していた高木豊や屋敷、それに田代の応援歌を空で歌っていたことを今でも覚えています。そういえば田代の応援歌は古くは「だっだだっだだ・・・」と何とも単調なもので、当時存命だった父がこれを聞いて、幕末の官軍が行進しながら鳴らす太鼓のようだと形容していました。

 そしてホエールズでこの時期忘れてはいけないのが、 “スーパーカートリオ”と称されたホエールズの俊足クリーンナップでしょう。確か当時監督だった近藤貞雄氏が命名したと思いますが、高木豊、屋敷、そして加藤博一といった上位3人が塁に出ると、常に盗塁を期待していましたね。これも、人気と実力にはジャイアンツと比べるべくもないホエールズにあって、何とか一矢報いようと足の速い選手を並べて引っ掻き回す野球をすることで、決して戦力として優勝は難しくても、ファンに喜んでもらえるような試合を見せたいという現われだったと思いますね。

 ここ数年見かけないと思っていましたけど、2年前から病気を患っていらっしゃったようですね。個性ある選手でした。合掌。

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