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2012.03.14

100系が輝いていた頃

 いよいよ今週末に迫ったJRのダイヤ改正。この改正で引退する車両を追いかけようと連日撮影やお名残乗車で勤しんでいる方も多いかと思いますが、そんな中で山陽新幹線の100系は’07年11月に新大阪から姫路まで乗車したのが最後となってしまいました(そのときの様子はこちら)。

 100系がデビューした1985年、これまでだんごっ鼻の0系オンリーだった東海道・山陽新幹線にあって、あの長い鼻を見たときには正直戸惑いと驚きを感じたものでしたが、国鉄からJRへと移行されてからしばらくは新幹線の顔として君臨することになります。その中で代表されるのが、東京と博多との間を結んだグランドひかりですね。2階建てのグリーン車と食堂車を連結した堂々16両編成の列車で、100系にとってはこのときが一番輝いていたときではないでしょうか。

100系@博多'90.10.7
「グランドひかり」として君臨していた頃の100系

 その主役から引き摺り下ろしたのは、’ 92年のダイヤ改正でデビューしたのぞみ300系。当初わずか2往復だった運転本数は短い期間であっという間に増え、ひかり号に取って代わりました。そののぞみ号でデビューした300系が今回一緒に引退するというのも何だか皮肉に思えますね。

 その後の100系が辿った道はあまりに無残で、山陽新幹線でわずか4両となって走っていたのを見たときには正直ショックでしたね。グランドひかりで闊歩していたときの姿を見ていただけにかなり衝撃的でした。

 自分にとって100系はちょうど君臨していた1990年前後に大学で長崎にいた時期で、帰省の際にたまに利用することがありましたが、残念ながら食堂車は利用することが出来ませんでした。何分まだ自分で稼ぎがない身分、駅弁ですら高嶺の花と思っていた時期だっただけに、今思えば多少無理してでも体験したかったですね。

 最後に100系がデビューしたときに発売された記念きっぷも紹介しておきます。1985年の7月に東京駅で買っていますが、これを手に入れた後、寝台特急さくら号に乗って九州へと向かいました。

100系新幹線記念入場券
デビューを記念して発売された入場券

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