カテゴリー「野球」の記事

2009.06.12

埼玉西武ライオンズプレイヤーズきっぷを手に入れる

 西所沢から西武球場前駅に到着。この後はレオライナーに乗り換えですが、その前に一旦途中下車をして、タイトルのきっぷを窓口で手に入れました。このきっぷ、ライオンズの選手がデザインされた野球カードのようなフリーきっぷで、しかも以下の区間が一日乗り放題とのこと。

 ・池袋線:所沢―西所沢間
 ・狭山線全線
 ・山口線(レオライナー)全線
 ・多摩湖線:萩山―西武遊園地間
 ・拝島線:小平―萩山間
 ・西武園線全線
 ・新宿線:小平―所沢間

 国分寺線は含まれていないんですね。

 なお選手は、片岡、中村、岸、中島と涌井の各選手がありましたが、なぜか片岡選手のは売り切れだったので、涌井投手のを選びました。

 ちなみにお値段は200円で、ここ西武球場前駅のみでしか手に入れることができません。これだけ見るとなかなかお値打ちのように見えますが、実際には西武ドームや遊園地周辺と所沢界隈という狭いエリア内なので、ちょっと乗っただけでフリー区間を飛び出してしまいます。実際このきっぷで利用したのは、西武球場前から乗った山口線と多摩湖線の区間だけ。ちなみにこの区間の運賃は170円ですから、ちょっと損でしたねcoldsweats01

 要は試合の後に買って、帰りに遊園地や所沢駅周辺にも寄ってくださいというニュアンスのきっぷということでしょうか。それに元が取れなくても、きっぷを買って野球カードが一枚おまけについてくるということであれば、それなりにお値打ちなのかもしれませんね。

 なおこの日は試合がなかったので、駅前はひっそりとしていましたが、昨日おとといと行なわれたタイガース戦にあわせて、「獅子」「虎」と書かれた幟が球場周辺に飾られていました。

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今年最初の西武ドーム

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2008.09.27

祝優勝!埼玉西武ライオンズ

 今日は荒川車庫で行われた都電のイベントに行ってきましたが、その前に池袋に立ち寄っておりました。目的はライオンズ優勝記念の1日乗車券を買うためですが、昨日めでたく今シーズンのパ・リーグ優勝が決まりました。本当だったら今週中の本拠地3連戦で決めて欲しかったんですが、まさかの連敗で本拠地Vはなりませんでした(T_T)。おまけに昨日の日本ハムとの試合では自慢の打線が沈黙してしまい2安打完封負け。ところがマジック対象チームのオリックスが楽天に大敗したことで、フラフラながらゴールすることが出来ました。

 思えば1年前、エース松坂の退団で戦力ダウンは必至という状況の中、春先に発覚した裏金問題がけちの付き始めでした。開幕当初は順調な滑り出しだったものの、交流戦中に喫した10連敗が最後まで響いてしまい、26年間続いていたAクラスが途切れるという悪夢の1年となってしまいました。正直1年前は新聞のスポーツ欄を見ることすら出来なくなりましたね。それに例年1試合くらいは西武ドームに行って観戦してきましたが、去年は上記のゴタゴタで観る気もしなくなり、去年はとうとう一度も球場に足を運んでいませんでした。

 今年は渡辺久信氏が監督に就任。スタッフも総入れ替えとなり、チームカラーががらりと変わりました。特にリーグ1位のホームラン数を誇る重量打線は見ごたえがありましたね。中島とGG佐藤に加えブラゼル、ボカチカの両外国人、それに“おかわり”こと中村が大ブレークし、これまで序盤の試合展開で諦めていた試合が最後までわからないというスリリングな内容になりました。心配していた投手陣もここ数年に比べればずいぶんと安定した内容だったように思いますが、特にFA加入の石井と怪我から復帰した帆足の両先発とリリーフのグラマンが大きな戦力になったことはいうまでもないですね。

 また今年はチーム名に「埼玉」が着き、名実共に地元埼玉の球団としてスタートしました。これについては時期が遅いという感もありましたけど、地元新聞を始め自治体のバックアップもあって、徐々に定着していきましたね。何といってもさいたま市での公式戦開催は個人的にも一番の思い出となりましたが、来年はさらに試合数が増えるとのことなので、地元との更なる交流を図って欲しいものです。

 実は開幕前は、3位に入ってくれたら御の字と予想していました(^_^;)。去年はチーム低迷の上に観客動員数が12球団で最低という泥沼のシーズンでしたが、当時は将来身売りもあるんじゃないかと本当に思ってしまった程ですから、今年のリーグ優勝はほんと感無量なところであります。

 さてこの後はクライマックスシリーズですね。正直リーグ優勝で十分と言いたいところなんですが、ここまで来れば絶対に勝利して日本シリーズまで行って欲しいですね。

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  ・まさつぐ様

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2008.09.24

王監督が辞任

 すでに報じられたとおり、ホークスの王貞治監督が辞任を発表しました。‘95年の監督就任からまる14年、この間ホークスを2度の日本一にのし上げるなど、常に優勝争いが出来る戦力に作り上げていったことはホークスにとって大きな功績と言えると思いますが、私自身ここまで長く監督をするとは、当初は思いもよりませんでしたね。

 そのホークスのチーム作りに忘れてはいけないのが、根本陸夫氏の存在ですね。ホークスに来る前はライオンズに在籍し、監督および管理部長として強いチームを作り上げていきましたが、特に管理部長として黒子に徹してからのチームは次第に強くなっていきましたね。最初の頃は田淵や東尾といった一癖も二癖もある選手ばかりでしたけど、秋山や清原、それに現ライオンズ監督の渡辺久信が入りだしたあたりから若くて生きのいい選手が続々登場し、これがライオンズの黄金期を作り上げていきました。そしてその手法はホークスに移ってからも同じように行われ、監督として基礎を作り上げていってから王監督にバトンタッチし、裏方へと移っていきました。

 その後のホークスですが、ライオンズの黄金期を髣髴とさせるような充実した選手が揃っていましたね。投手では斉藤和巳や杉内、和田、新垣という4本柱に抑えの馬原、打者では松中や小久保、それに城島や井口といったあたりは見ていて正直イヤでしたね。しかしここ数年は城島や井口がメジャーに挑戦したことで打線に凄みが薄れてしまいました。おまけに投手陣も相次ぐ故障者続出で、安定したローテーションが組めない状態でした。それが今年の順位にも現れているわけですが、正直ここまで落ちてしまうとは想像も付きませんでした。

 実は王監督になってから、ホークス戦は一度も観戦したことがありませんでした。こんなことだったら一度西武ドームでホークス戦を見ておけばよかったと今となっては後悔していますが、もっとも球場に行っても比較的安い席でしか観ることが出来ない身分なもんで、監督の様子とかはわかりませんけどね。

 次の監督は、現在チーフコーチの秋山氏が有力と伝えられていますね。秋山氏といえばどうしてもライオンズにいたときの清原選手との“AK砲”のイメージが強いので、やはり複雑です。元々ライオンズOBが多く在籍しているホークスだけに、どんな首脳陣になるのか興味がありますが、ここはいっそ伊東前監督あたりをヘッドに向かえ、ライオンズ黄金時代対決というのも見てみたいですね(^_^;)。元々両チームともライバル関係にあるだけに、来年こそは優勝争いを演じて欲しいものです。

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2008.09.06

【8/31】ナゴヤドームで初観戦(D v.s C)

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すっかりお馴染みになった人気者・ドアラ

 昨日の続きです。金山から地下鉄名城線に乗ってナゴヤドーム前矢田駅にやってきました。ここは文字通り、中日ドラゴンズの本拠地球場であるナゴヤドームの最寄駅となっていますが、この日行われたドラゴンズ対カープの試合を観戦することにしました。プロ野球の試合は地元西武ドームや東京ドームで見ることが多いですが、首都圏以外ではなかなか訪ねる機会に恵まれず、唯一学生時代に福岡の平和台球場で観戦したくらいです。もちろんナゴヤドームも初めての地でした。

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2008.08.26

CS第1戦は大宮で開催~埼玉西武

 オリンピックでは散々だった野球ですが、昨日あたりからすでに自分のチームに戻ってプレーをしている選手もいて、熱いペナント争いが再開されました。そんな中、パ・リーグの首位を行くライオンズがリーグ制覇をした場合、CS(クライマックスシリーズ)第2ステージの初戦を県営大宮球場で開催すると発表されました。今年6月に行われた公式戦が好評だったことを受けてのものですが、これは正直驚きましたね。

 6月のゲームについては私も観に行ってきましたけど、予想以上の盛況ぶりで、来年以降はぜひとも数試合開催して欲しいと思っていました。実際に地元では来期以降の開催について要望をしているようですけど、まさかCSが行われるようになるとは、まさに夢のようですね。

 こうなればぜひとも観に行きたいところですが、如何せん球場のキャパが狭いこともあって、おそらくチケット発売と同時に完売になってしまいそうです。でも、観に行きたいですなぁ。もっとも、リーグ優勝したらの話ですが・・・(^_^;)。

 埼玉新聞の記事

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2008.08.14

プレイバック1998年~アメリカ旅行その2・初めてのMLB観戦

 北京オリンピック真っ盛りの今日この頃ですが、昨日から始まった野球はキューバに破れてしまい、早くも暗雲が立ち込めつつあるという状況になってきました。日本代表に置かれましては、昨日の敗戦にめげずに、新たな気持ちで戦っていってもらいたいものであります。

 さて今日のお題目ですが、1週間ぶりに10年前のアメリカの旅について書こうと思います。サンフランシスコの市内観光を楽しんだ翌日は、大リーグの試合を観戦しました。この旅の目的の一つでしたが、当時本場アメリカから衛星中継で流れる野球中継を観て、ぜひとも一度はナマで体験したいと思っていました。このときはジャイアンツの試合が地元で行われるとのことで、試合の前日に市内でチケットを手に入れておきました。

 当時のジャイアンツといえば、何といってもバリー・ボンズですね。この3年後に73ホーマーで大リーグ記録を達成することになるわけですが、もちろんこのときの一番の楽しみは、やはりボンズ選手のホームランでした。

 ジャイアンツの当時の本拠地である3コムパークに到着すると、ちょうどアトラクションが行われていて、球場内ではさまざまな衣装を身にまとった犬が飼い主に連れられて球場内を回っていました。当時日本ではこうしたアトラクションはまだあまり見られなかったので、何とも新鮮でしたね。

 この日の相手は、東部地区に属するフィラデルフィア・フィリーズ。カート・シリングがエースとして活躍していた頃で、ぜひともこのシリング投手のピッチングを見たいと思っていましたが、先発投手が彼であることを知ったときには、正直得した気分になりました。

 そのシリングとジャイアンツの先発オルティスの投げ合いで始まりました。ジャイアンツのオルティスはこの年がルーキーのシーズンでしたが、後にジャイアンツのエースとして活躍することになります。3回まで両チーム無得点でしたが、4回裏にボンズのソロアーチで均衡が破れました。このときの地元ファンの歓声が今も忘れられないですね。何しろ地元チームの主砲が先制のホームランを放ったわけですから、盛り上がらないわけがないですけど、しかも打ったのが球界を代表する投手からですから、その歓声もなおさらでしょうね。

 その後、6回表にフィリーズが一気に若い投手に襲い掛かり、一挙4点を取って逆転しました。7回にも1点を取られ、フィリーズ優勢で迎えた7回裏、攻撃が始まる前に地元のファンが一斉に立ち上がりました。「セブン・ストレッチ」と呼ばれ、MLBの試合では必ず歌われる「Take Me Out To The Ballgame」が球場全体に流れました。このときはオルガンなどの演奏ではなく、地元のコーラスクラブかなにかによるアカペラで歌われました。

 その7回裏、ジャイアンツが反撃に転じます。ここで登場したのが、先ほどホームランを放ったボンズ。何とここでこの日2本目となるホームランを放ちました。このときは、先ほど以上に大歓声が沸きましたね。

 その後、1点差まで詰め寄ったものの、シリングの粘投で地元ジャイアンツは敗れてしまいました。

 当時は’95年にデビューした野茂選手が3年目のシーズンで、まだ日本人選手が少ない頃でしたが、試合前のアトラクションありブーイングありと、MLBの見どころ満載といった試合となりました。

 なお蛇足ですが、この試合のスコアをネットで検索出来るかどうか調べてみましたが、何と探し当てることができました。日にちすらすっかり忘れていましたけど、かなり古いデータでも検索することが出来るんですね。日本のプロ野球でも検索が出来るのかどうかわかりませんが、普段は球場に行ってスコアをつけることをしないので、こうしたサイトがあると助かります(検索したサイトはこちら)。

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ジャイアンツの当時の本拠地だった3コムパーク

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試合前の一こま。選手がスタンドでサイン会を行っていました。

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2008.07.17

トルネード

 たった今知ったばかりですが、野茂英雄投手が現役引退を決意したそうです。1995年に日本人のメジャーリーガーとしてドジャースに入団してからは数多くの実績を残し、その後の日本人メジャーリーガー誕生の礎となりましたが、その功績ははかりしえないものがあると思いますね。人によっては、実力のある選手が続々海外に流出してしまうという見方もあるかもしれませんが、それだけ日本人プレーヤーがアメリカで高い評価を得ているという見方も出来ると思いますので、結果的には日本球界のレベルアップにもつながったんじゃないかと思います。

 実は一度だけ、野茂投手が投げた試合をナマで観戦したことがあるんですが、それが1992年の平和台球場の最終戦でした。当時大学生だった私は前日までの試験が一段落し、試合当日の朝に見た平和台の最終試合の記事を見て、思わず福岡行き高速バスの乗り場へと足が向いてしまいました。平和台球場に到着したとき、やはり最終試合とあって多くの観客が球場に詰め掛けていたのを記憶していますが、それ以上に野茂投手とダイエー先発の若田部投手の息の抜けない投げ合いが今でも忘れることが出来ません。結局、8回裏にダイエー広永外野手の一発でダイエーが勝利するんですが、残念なことにこの一発を見届けて球場を後にしなければなりませんでした。というのは、長崎へ向かう高速バスの最終便が午後9時過ぎにバスターミナルを発車するためで、それ以上は球場に留まることができませんでした。

 何はともあれ、お疲れ様という言葉しかありませんが、球史に残る名投手であることは間違いないところと思います。

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2008.06.29

地元でプロ野球公式戦開催~県営大宮球場

 おとといの昼間は京成線沿線をぶらぶらし、夕方京成関屋で東武伊勢崎線に乗り換えて春日部回りで地元に帰ってきました。といっても、そのまますんなりと自宅には帰らず、大宮の手前の大宮公園で下車しましたが、この日、大宮公園内にある県営大宮球場で、プロ野球の公式戦が開催されることになり、これを観戦するためでした。

 ここ大宮球場、イースタンリーグでは例年何試合か開催されていますが、1軍の公式戦は数十年ぶりとのことだそうで、さいたま市内でも最近試合開催を告知するポスターを見るようになり、それだけ地元でも多くの期待を集めていたようでした。私も最初に発表されたときにはぜひとも観戦したいと思っていましたが、件の病気のせいでチケット購入がままならず、おまけにここんところの梅雨空の様子では開催も微妙な状況でしたので、当日券を買って入ることにしました。

 実はここで私自身、大変苦い経験がありまして、夏の高校野球大会の予選で出場した母校の試合を観戦したら、9回2アウトまで勝っていたのにその後連打を喰らい逆転サヨナラ負けを喫するという何とも悔しい結果となってしまいました。実はそれ以来の大宮球場でした。

 5時半過ぎに球場に到着。すでに内野指定席は完売で、内野自由席を買って入りました。それにしても、たくさんの観客がスタンドを埋め尽くしていたのは驚きでしたね。帰宅後判ったことですが、この試合2万人以上の動員だったとかで、大変な盛り上がりでした。

 国歌斉唱の後、ライオンズOBの山崎氏による始球式が行われました。山崎氏といえば地元埼玉は上尾高校出身で、ライオンズは'79年に所沢にやってきたときの主力選手でしたが、私も子供の頃、氏の堅実なプレーを目にした一人として印象に残っています。それにしても、このとき着衣していたユニフォームは現役時代のものでしょうか?

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ライオンズOB・山崎氏による始球式。ちなみにバッターは埼玉県知事でした(^^)。

 先発投手は、ライオンズ帆足、マリーンズ成瀬というサウスポー同士の対決となりました。1回表、3番キャッチャー里崎の打球がレフトのポールぎりぎりを越えていきました。何とも微妙でしたが、3塁の塁審の腕がぐるぐると回り、これがこの試合の先制点となるホームランでした。

 しかしその裏、ライオンズがすぐに反撃に出ました。1番片岡がヒットで出塁すると、すかさず盗塁で2塁に進塁しました。現在リーグトップの盗塁数を誇る片岡選手ですが、相手がサウスポー成瀬とあってどちらかといえば走りづらい状況にもかかわらず、いきなり走ってくるあたりは、やはりさすがと言わざるを得ないですね。そういえば前回観戦した5月31日のドラゴンズ戦のときも盗塁していましたね。

 この後ランナーが溜まり、4番ブラゼルの犠牲フライで同点となりましたが、3回裏、今度はライオンズ自慢の空中戦が飛び出しました。2番栗山がライトスタンドへ飛び込むソロアーチを放ちリードを奪いました。実は前回のドラゴンズ戦でも打っているんですよね>栗山。元々ホームランバッターではないんですが、今シーズンこれまで5本放っているうちの2本を見たことになります。

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ホームランを放った栗山選手

 そして5回裏、物凄いものを見せてくれました。中島をランナーにおいて4番ブラゼルがライトへ特大の飛球を打ち上げました。打った瞬間ホームランと判るあたりでしたが、何とスタンドを遠く越えてNACK5スタジアムの方まで飛んでいってしまいました。あのホームランは大きかったですね。昨日の新聞でもこの特大アーチについて書いていましたが、こんな物凄いホームランを間近で見ることが出来たのは何とも幸せでした。

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ブラゼルの特大アーチが出ました

 この後、帆足が8回まで好投し、岡本、グラマンと繋げて4-1で逃げ切りました。抑えのグラマンがいきなりストレートの四球を出したときにはどうなることかと思いましたが、最後はダブルプレーとあっけないゲームセットでした。

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見事勝利し、ハイタッチで喜びを分かち合う選手たち

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県営大宮球場の全景

 古くはベーブルースや“ミスター”長島茂雄氏もプレーしたことがある歴史ある球場ですが、2万人以上の観衆を集めることが出来、今回の開催は一応の成功を収めたことになります。来期はさらに数試合の開催を予定しているとのことなので、地元さいたま市でプロ野球の公式戦がもっと見ることが出来そうですね。

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2008.06.01

2年ぶりの西武ドームと大泉学園の車掌さん

 昨日は現地からもぶろぐした通り、西武ドームに野球を観戦してまいりました。西武ドームに野球観戦に来るのはほぼ2年ぶり。2年前までは年1回程度は観に来ていましたが、去年はライオンズのさまざまな不祥事があった上、ペナントレースが散々な内容とあっては、いささか見る気を失ってしまいました。今年は去年の悪夢を振り払うかのように、新たに「埼玉西武ライオンズ」と名実共に地元埼玉の球団としてスタートを切ることになりましたが、ペナントレースが予想外(?)の大健闘とあって、久しぶりに球場に足を運んでみたくなりました。

 ちなみに昨日の相手はドラゴンズ。ドラゴンズといえば、去年来から話題になっているドアラですが、昨日もドアラが球場に来ていました(^^)。ナマドアラを見たのは初めてですけど、やはり“キモかわいい”ですな。

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2年ぶりの西武ドーム。小さいですが、ドアラが写っています。

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新しくなったスコアボード

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歴代のチャンピオンフラッグ

 で、肝心の試合の方ですが、前半はライオンズのペースだったものの、途中でひっくり返されてしまいました (T_T)。おまけに吹きさらしのドーム球場なもんで、手足を震わせながら観ていましたが、ここは平地に比べると気温が低いのか、昔から寒い印象があるんですよね。そんなわけで、7回裏を終わったところで引き上げてしまいました。

 さて西武球場前駅に来ると、次の電車が西武新宿行きでした。試合開催時には西武池袋線からはもとより、西武新宿線から直通する運用も多数運行されますが、その西武新宿行きも新宿線で使用されている2000系が就いていました。

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西武球場前駅で発車を待つ新宿線用2000系

 まだここでは30000系が入った姿を見ていませんが、いずれはここにも顔を出すことでしょうね。また、およそ20分後には本川越行きの運用もありましたが、これもちょっと興味がありましたね。あいにくこの後は都心へ出る用事があったため今回はスルーしてしまいましたが、こうしてみると、試合開催時の臨時の運用もなかなか面白いものがありますね。

 その西武新宿行きに乗って途中の所沢で池袋線の電車に乗り換えました。その後、途中の大泉学園で下車して、3月にお目見えした銀河鉄道999の車掌さんのモニュメントを拝んできました。3月のセレモニーのときにはあまりの人の多さで見ることが出来ませんでしたが、ラッチ内の売店脇に鎮座していました。

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ようやく見ることが出来た999の車掌さん(大泉学園)

 その後、練馬で有楽町線直通に乗り換えて都心へと向かいました。

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2008.01.22

スーパーカートリオ・加藤博一氏逝く

 元ホエールズの外野手で、引退後は野球解説者として活躍されていた加藤博一氏が亡くなりました。現役時代は持ち前の俊足を生かし、ホエールズでは“スーパーカートリオ”の一人として活躍、そして持ち前の明るいキャラクターのおかげで、珍プレー好プレーを特集した番組では常連でした。むしろこちらで姿を見る方が多かったようにも思いますけど、成績以上に印象に残る選手の一人と言えますね。

 加藤氏が活躍した80年代のセ・リーグは、ジャイアンツが常に実力と人気を博していた時期でした。その対抗馬となっていたのは、機動力を生かした野球を展開したカープと若い投手を要していたドラゴンズで、在京の2球団であるホエールズとスワローズは、優勝争いはおろかAクラスすら上がれるかどうかといった成績でした。そんな中、ジャイアンツに比べても決して劣らない魅力ある選手が多く在籍していたのがホエールズでした。ヒゲをはやした独特の風貌の斎藤明夫やカミソリシュートの平松、それに遠藤といった投手陣はジャイアンツ相手にいつも力投を見せてくれましたし、野手では “オバQ”こと田代をはじめ、名ショートと呼ばれた山下大輔、それにポンセとパチョレックといった外国人選手が常に好プレーを見せていましたね。他にも市役所の職員からテストで入団した高木由一や首位打者を取った長崎、それにすでに峠は越えていましたけど堅実なプレーを見せた基など、まだまだ思い出される選手が多いことは、やはり魅力のある選手が多かったと言えると思いますね。

 一人強烈に記憶しているのが、佐藤というサウスポー。成績は決して目立ったものではありませんでしたが、彼が一番印象に残っているのはその投球フォーム。くねくねしながら球を投げる様は、人によっては“たこ踊り”と称していました。私もホエールズとその後移籍したオリオンズで見ていますが、こうした個性派選手があちこちの球団にいましたね。

 ちなみに中学時代、ホエールズファンという同級生がいました。彼は「W」のマークの入った野球帽を持っていて、当時活躍していた高木豊や屋敷、それに田代の応援歌を空で歌っていたことを今でも覚えています。そういえば田代の応援歌は古くは「だっだだっだだ・・・」と何とも単調なもので、当時存命だった父がこれを聞いて、幕末の官軍が行進しながら鳴らす太鼓のようだと形容していました。

 そしてホエールズでこの時期忘れてはいけないのが、 “スーパーカートリオ”と称されたホエールズの俊足クリーンナップでしょう。確か当時監督だった近藤貞雄氏が命名したと思いますが、高木豊、屋敷、そして加藤博一といった上位3人が塁に出ると、常に盗塁を期待していましたね。これも、人気と実力にはジャイアンツと比べるべくもないホエールズにあって、何とか一矢報いようと足の速い選手を並べて引っ掻き回す野球をすることで、決して戦力として優勝は難しくても、ファンに喜んでもらえるような試合を見せたいという現われだったと思いますね。

 ここ数年見かけないと思っていましたけど、2年前から病気を患っていらっしゃったようですね。個性ある選手でした。合掌。

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